
武蔵常盤
2026.8.13
第四回 「できること」と「やるべきこと」は違う。10年かけて分かった、商売の本質

武蔵常盤株式会社は、2026年8月で創業10周年を迎えました。
創業10周年を機に、私たちがこれまでどのように仕事をしてきたのか、そして何を大切にしているのかを書いています。
第1回では、オンプレミスからクラウド、Salesforce、そしてAIへと変化してきた10年間。
第2回では、創業以来の黒字経営を支えてきた「始末した経営」。
第3回では、私自身がSESのシステム開発現場で身につけてきた「現場力」について書きました。
今回は少し違います。
失敗の話です。
10年間会社を経営してきて、すべてが思った通りに進んだわけではありません。
「これはいける」
と思ったのに、うまくいかなかった。
良かれと思ってやったことが、かえって余計だった。
自分たちならできると思って踏み込んだら、
「こんなはずじゃなかった」
という結果になった。
そんなことは何度もありました。
しかし今振り返ると、その経験があったからこそ、
「自分たちにできること」と「自分たちがやるべきこと」は違う
ということが分かってきたのだと思います。
技術者は「できること」を増やしていく
ITエンジニアとして仕事をしていると、「できること」は増えていきます。
最初はプログラミング。
そこから設計。
データベース。
インフラ。
クラウド。
API。
認証。
Salesforce。
プロジェクトマネジメント。
そして現在ならAI。
経験を積むほど、いろいろな相談に対応できるようになります。
これはエンジニアとして、とても良いことです。
しかし、会社を経営するようになると、この「できること」が少し厄介になることがあります。
できるから、やってしまう。
ということが起こるからです。
「できる」は、危ない言葉でもある
お客様から相談される。
技術的にはできそうだ。
少し調べれば対応できそうだ。
それなら、
「できます」
と言いたくなります。
エンジニアですから、難しいことを頼まれると、
「やってみたい」
という気持ちも出てきます。
新しいことに挑戦すること自体は悪くありません。
むしろIT業界では、その気持ちは大切です。
しかし会社として考えた場合、
「技術的にできるか」だけでは判断できません。
その仕事は、本当に自社がやるべき仕事なのか。
十分な品質を提供できるのか。
継続的に責任を持てるのか。
その仕事をすることで、本来やるべき仕事がおろそかにならないか。
そして何より、
お客様に本当に価値を提供できるのか。
そこまで考えなければなりません。
でしゃばって失敗した
私自身、この10年間で、
でしゃばって失敗した
と思う経験があります。
頼まれた以上のことをしようとする。
自分ならもっと良くできると思う。
本来の役割を越えて踏み込む。
技術者としては、良かれと思ってやっています。
しかし、商売では、
善意だけでは十分ではありません。
お客様にはお客様の事情があります。
プロジェクトにはプロジェクトの役割分担があります。
組織には組織の意思決定があります。
自分には正しいと思えることでも、全体から見れば最適ではないことがあります。
そして、
「ここまでやれば喜んでもらえるだろう」
と思っていたことが、
「そこまでは求めていません」
となることもあります。
逆に、必要なところへ十分に力を使えなかったこともあります。
そのたびに、
「こんなはずじゃなかった」
と思いました。
失敗すると、自分の輪郭が見えてくる
失敗はできればしたくありません。
しかし、10年間を振り返ると、失敗には一つ大きな意味がありました。
それは、
自分たちの輪郭が見えてくる
ということです。
これは得意だった。
これは評価された。
これは思ったほど価値を出せなかった。
これは自分たちがやるより、他の会社にお願いした方がお客様のためになる。
これは面白そうだけれど、自社の強みとは違う。
一つずつ経験することで、
「何でもできます」
という状態から、
「私たちは、これをやる会社です」
という状態へ変わっていきます。
私は、この変化こそ会社が成長するということの一つではないかと思っています。
「何ができる会社か」から「何をする会社か」へ
創業当初は、どうしても、
「何ができる会社なのか」
を考えます。
Javaができます。
Webシステムを作れます。
AWSができます。
Salesforceができます。
API連携ができます。
そうやって自分たちのできることを増やしていきます。
しかし、会社を続けていくと、別の問いが必要になります。
「私たちは何をする会社なのか」
という問いです。
似ているようですが、意味は大きく違います。
技術は目的ではない
武蔵常盤株式会社は、オンプレミスのシステム開発からクラウドへ、そしてSalesforceへと扱う技術を変化させてきました。
現在はAIも積極的に活用しています。
しかし、
武蔵常盤株式会社は、Salesforceを使うことを目的とした会社ではありません。
AWSを使うことも目的ではありません。
AIを使うことも目的ではありません。
それらはすべて、お客様の課題を解決するための手段です。
だから私たちの仕事の本質は、
「技術によって、お客様の目標達成に寄与すること」
だと考えています。
この本質が分かっていれば、技術が変わっても会社は変化できます。
逆に、
「私たちは○○という技術の会社です」
というところだけに自分たちの存在理由を置いてしまうと、その技術が変化したときに会社まで存在理由を失ってしまいます。
商売の本質は「何を売るか」だけではない
「商売の本質」というと、
「自社の商品は何か」
という話になりがちです。
もちろん、それも重要です。
しかし私は、
誰の、何を、どう良くするのか
というところまで考える必要があると思っています。
武蔵常盤株式会社の場合、
単にエンジニアの時間を提供する。
単にSalesforceを導入する。
単にプログラムを書く。
それだけでは不十分です。
お客様が何を実現しようとしているのかを理解する。
そのために必要な技術を選ぶ。
必要であれば自分たちも新しい技術を学ぶ。
そして、お客様の目標達成に必要な役割を果たす。
それが仕事です。
「何でもやります」は、一見親切に見える
小さな会社ほど、
「何でもやります」
と言いたくなります。
仕事を断りたくない。
せっかく相談してくださったお客様を失いたくない。
売上も欲しい。
その気持ちはよく分かります。
私自身もそうでした。
しかし、「何でもやります」を続けると、会社の力が分散します。
一つの技術を研究する時間が減る。
ノウハウが蓄積されない。
採用する人材像も曖昧になる。
営業も、
「結局、この会社は何が得意なのですか?」
となります。
そして何より、
本当に得意な仕事に使うべき時間がなくなってしまいます。
これは、第2回で書いた「始末」にもつながります。
「始末」は、お金だけの話ではない
始末というと、どうしても経費の話に聞こえます。
しかし、会社が持っている資源はお金だけではありません。
時間。
人。
技術。
経験。
信用。
集中力。
これらもすべて有限です。
特に小さな会社では、一人の時間の使い方が会社全体に大きく影響します。
だから、
何に時間を使うのか。
何を研究するのか。
どの仕事を受けるのか。
そして、
何をやらないのか。
これを決めることも「始末」だと思っています。
やらないことを決めるのは難しい
「新しいことを始める」
という話は、前向きに聞こえます。
新規事業。
新技術。
新サービス。
新市場。
しかし、
「これはやらない」
と決めることは、意外と難しいものです。
もしかすると儲かるかもしれない。
他社は成功している。
世の中で流行している。
せっかく相談をいただいた。
そう思うと、手を出したくなります。
しかし、
他社にとって正しいことが、自社にとって正しいとは限りません。
成功者の方法を真似したからといって、自分も成功するとは限りません。
会社にはそれぞれ、
人材も、
技術も、
資金も、
顧客も、
歴史も違います。
だから、自分たち自身を知らなければならない。
流行は見る。でも、流されない
IT企業ですから、武蔵常盤株式会社は新しい技術を見ています。
むしろ積極的に研究します。
クラウドもそうでした。
Salesforceもそうでした。
現在のAIもそうです。
しかし、
流行しているから事業にする
のではありません。
自分たちのお客様にどう役立つのか。
これまで蓄積してきた技術とどう組み合わせられるのか。
自分たちが価値を提供できるのか。
そこを考えます。
つまり、
流行は追う。しかし、流行には流されない。
この違いは大切だと思っています。
SalesforceもAIも「道具」である
Salesforceコンサルティングパートナーになった現在でも、この考え方は変わりません。
Salesforceありきで考えるのではなく、
お客様の業務を理解した結果としてSalesforceが適しているのであれば使う。
AIも同じです。
「AIを導入しましょう」
から始めるのではなく、
「この業務の、ここにAIを使えば価値が出る」
と考える。
道具に仕事を合わせるのではなく、仕事に合わせて道具を選ぶ。
ITエンジニアとして当たり前のようですが、新しい技術が登場すると意外と忘れやすいことです。
エンジニアのキャリアも同じ
これは会社経営だけの話ではありません。
エンジニアのキャリアにも、まったく同じことが言えると思っています。
経験を積むと、できることが増えます。
しかし、
できることを全部やろうとすると、自分が何者なのか分からなくなる。
Javaもできます。
AWSも少しできます。
Salesforceもできます。
AIも使えます。
では、
あなたは何によって、お客様に価値を提供するエンジニアなのか。
ここが大切です。
専門性とは、
「一つの技術しか知らない」
という意味ではありません。
さまざまな技術を知ったうえで、
自分の軸を持つこと
なのだと思います。
自分の「本質」があるから、変化できる
一見すると、
「自分の商売を絞ること」と、
「時代に合わせて変化すること」は、
矛盾しているように見えます。
しかし私は、逆だと思っています。
本質が分かっているから、手段を変えられる。
武蔵常盤株式会社の本質が、
「オンプレミスシステムを作ること」
だったら、クラウドへ進めなかったでしょう。
「Javaを書くこと」
だったら、Salesforceへ進めなかったかもしれません。
しかし、
「技術によって、お客様の目標達成に寄与する」
ことが本質なら、
Javaからクラウドへ変わってもいい。
Salesforceを使ってもいい。
AIを使ってもいい。
変えるべきなのは手段です。
守るべきなのは本質です。
失敗したから分かったこと
10年間経営を続けてきて、
「もっと上手にできたのではないか」
と思うことはたくさんあります。
しかし、失敗をすべて消してしまったら、現在の武蔵常盤株式会社の考え方も生まれなかったと思います。
でしゃばったから、
自分たちの役割を考えるようになった。
手を広げたから、
集中することの大切さが分かった。
「こんなはずじゃなかった」を経験したから、
「では、自分たちは何をする会社なのか」
を考えるようになった。
失敗そのものを誇るつもりはありません。
しかし、
失敗から何を学び、次の判断をどう変えるのか。
それが経営なのだと思います。
これからも失敗はすると思う
創業10周年を迎えたからといって、
「もう会社のことは全部分かりました」
とは、とても言えません。
おそらく、これからも判断を間違えるでしょう。
AIによってIT業界そのものが大きく変わる中では、今までの正解が通用しなくなることもあると思います。
だからこそ、
自分たちの本質を識る。
そして、
変えるべきものと、守るべきものを区別する。
それを続けていきたいと思います。
武蔵常盤株式会社は、何でもできる会社を目指しているわけではありません。
自分たちが提供できる価値を理解し、その価値を必要としてくださるお客様に、きちんと届けられる会社。
そんな会社でありたいと思っています。
次回:AI時代、エンジニアは「自分を経営する」
「できること」と「やるべきこと」を考えることは、会社だけではなく、一人ひとりのエンジニアにも必要になっています。
特に生成AIの登場によって、
「プログラムが書ける」
ということだけでエンジニアの価値を説明することが難しい時代が始まりました。
では、これからのエンジニアは何を学び、どこに自分の時間を投資し、どんな価値を提供していけばよいのでしょうか。
私は、これからのエンジニアには、
「自分自身を経営する」
という感覚が、これまで以上に重要になると考えています。
次回は、
「AI時代、エンジニアは『自分を経営する』」
というテーマで、武蔵常盤株式会社が考えるこれからのエンジニア像について書きたいと思います。